第一章 勇者ご一行



「ちょっと僕も話の中に入ってもいいかな?」

重い沈黙の中(ただ単に俺がそう思っているだけなのかもしれない。現に相手は話が終わったとばかりにミルクティーを飲んでいた)不意に男の声が入ってくる。見ると二十代後半の眼鏡をかけた男が笑って立っていた。一番奥の席なため、話しかけているのは間違いなく俺たちにだ。どうするのかと女を見ると、私関係ありませんと言いたげに違う方向を向いていた。

「『勇者』ってやつ、僕も興味あるんだけど」
「魔王は倒さないわ」
「うーん、僕としてもそれでいいかな」
「は!?」

何を言うんだこの男は。魔王を倒さないことを簡単に承諾した。しかも図々しくも何故か俺の隣に座って、レモンティーを注文している。何なんだ。しかも注文を取りに来たウェイトレスの女は何故か頬を赤く染める。金髪に、緑色の目。かなり整った顔立ちだから、仕方ないと言えば仕方ないだろうが。

「僕、本作るのが仕事なんだよね」
「ふぅん」
「で。できれば勇者の伝記を書きたいんだよ」

そうきたか。確かに伝記ならば起きたことを書くだけなのだからこの女が何をしようと別に構わないだろう。それどころか異例な勇者として意外に売れるかもしれない。俺が思うに高確率で売れないと思うが。魔王を倒さない勇者なのだから、当然だろう。

「勇者さんですかぁ?」

今度は誰だ。見ると俺よりも年下だろう若草色の髪をした女が笑顔でこちらに話しかけていた。

「・・・・・誰」
「こんにちはー、それで、私も話しに入ってよろしいですか?」

こちらの返事も聞かず、そいつは女の隣に座る。そしてレモンティーを持ってきたウェイトレスにアップルティーを頼んでいた。おい、お前らちゃんと自分たちで払うんだろうな・・・・。わけがわからぬ内に何故か四人にまで人数が膨れあがり、雑談もそれなりに花が咲く。

「私、腕にはもの凄く自信あるのです。お供してもいいですか?」
「魔王は倒さないわよ」
「はい!いいです!」

・・・だんだんと頭が痛くなってきた。もしかして勇者が魔王を倒さなくても困るのは俺だけなのだろうか。後からやってきた二人は、女が出した条件を苦ともせず笑顔で承諾している。世界の命運がかかっているのにだ。俺の方がもしかして異常なんじゃないか・・・・?いや、そんなことあってたまるか。

「貴方たち、名前を言いなさい」

ミルクティーを飲み干した女は、偉そうに腕組みをして俺たちに名前を尋ねた。人に名前を聞く時は・・・という台詞は使えないだろう。恐らく使ったところで聞くとは思えないからだ。会って数時間にもかかわらず、随分と女の性格がわかってきたと思う。

「・・・ライゼだ」
「僕はリューン」
「そぉですねぇ・・・私は『不明』でお願いしますです♪」

・・・・は?誰もが『不明』と名乗ったその女を見た。名前で『不明』と名付けるなんて何処の親だ。いや、居ないだろうそんな親。偽名100%だ。そんな視線を送っていたことに気づいたのか、『不明』はにっこりと俺たちに笑った。

「本名は、秘密です。でも・・・やっぱり『不明』は変なのでフメイでお願いしますです」
「・・・・待て。それは『ふ』の部分にアクセントを付けただけだろ」
「そうですよ?」

何かおかしいですか?(声真似)とそいつ―仮にフメイとしよう―は訊ねる。おかしいだろう、全てにおいて。だが先ほどの会話からして、ここに居る全員がおかしいような気がしてならない。となると、三対一で常識人は圧倒的に不利だ。

「いいじゃないの、フメイで」

そらきた。

「うん、謎多き人って感じでいいと思うよ」

果てしなくよくない。しかも『いいと思うよ』(声真似)ってお前・・・よくないだろう。絶対に。しかもそれはお前のイメージの話であって、これから共に戦う仲間(になるかもしれない)相手がフメイという名前でいいのか。戦闘の最中は確実に呼びづらいぞ。

「よし、それじゃあライゼ、リューン、フメイ。あたしは魔王を倒さないわ。それでも付いてくると言った貴方たちは特別に下僕にしてあげる。あたしの元で、十二分に働きなさい」

とんでも発言をしたその勇者は、何故か俺まで数に数えていた。まて、俺は魔王を倒さないと言ったお前に付いていくとは言っていないだろ。そう言おうとしたが、リューンとフメイ(・・・もういい)が喜びの声を上げたので言うタイミングがなかった。
・・・一体、これからどうなるんだ・・・・・・・?
歩き出す前から、目の前は暗闇で何も見えない状態だ。




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