第一章 勇者ご一行
1
俺が『あいつ』に出会ったのはまったくをもって偶然だった。
『あいつ』が旅に出るのはまだ一ヶ月先の話しで、どうやって合流して仲間に入れてもらおうかとか考えながらロマリア近辺で魔物退治していたら、不覚にも囲まれた。けどロマリア近辺の魔物なんかに負ける気はないから理力の杖でガシガシやってたらいきなり炎が目の前を通り抜けた。鼻が焼けるくらい至近距離を通ったその炎は俺が相手をしていた十匹ほどの魔物を全て焼き払う。
「あれ?人居たの」
よく通るアルトの声だった。見ると森の奥から女が出てきていて、目の居所に迷う程の露出度が高い服を身に纏っている。女は魔物の残骸を足で蹴飛ばしつつ俺に近寄る。そして何をするかと思えば俺に向かって手を突き出した。
「・・・は?」
「助けてあげたんだから、報酬」
一瞬何を言われたのかわからなかった。だが女は非常に不機嫌そうに手を突き出す。頭で理解するのに費やした時間は約数十秒。女も我慢強いことにその間ずっと手を突き出し続けていた。
「そ、んなものあるわけねぇだろ馬鹿!あんなやつら俺一人でやれた!」
「はぁ?あんた何様?」
どっちがだ。
美人というより可愛いに近い顔を歪め、まったくを持って意味がわからないという顔をした女は両手を腰に当てた。
「このあたしが。人助けなんて大嫌いなこのあたしがわざわざ手を煩わせたのよ?」
「知るかそんなの!!いや、それよりお前・・・」
そこではた、と冷静になる。冷静になって女の外見を見てみると、俺はとんでもないことに気づいた。癖の強い黒髪のショートカット、露出度の高い服、口を開かなければ見惚れただろう顔つき。だがそんなことはもういい。問題はこの女が頭につけている物だ。
サークレット。形、そして埋め込まれている青い宝珠。一部の者しか知らないが、これは紛れもなく勇者の証だった。
「お前・・・勇者、なのか?」
「だったらどうだって言うの?あたし、勇者になる気は毛頭ないけど」
先ほどより三本ほど眉間の皴を増やして、その女は吐き捨てるように言った。
「それより、報酬」
そしてまた手を突き出すのだ。
結局その後言い合いが果てしなく続き、俺が折れた。報酬はロマリア高級料理店の一番高いフルコース二人前。しかも俺が食べるんじゃなくてこの女が一人で二人前だ。満天の笑顔で脅威のスピードで食べていく女を俺は呆れた目で見ていた。俺は話すのが苦手な方だから黙って見ているが、女は無心のように食べ続けている。
「・・・お前、実は胃袋四つぐらいあるだろ」
「失礼な。胃袋四つもあったら他の内臓の居場所が無くなっちゃうじゃない。口から出てくるわよ」
「気色悪・・・」
想像力が豊かな俺は結構グロい物を想像してしまった・・・。これじゃ最近話題のホラー小説もビックリだ。そんなことを考えていたら女が席を立つ。
「ごちそうさま」
食べ終わったら即行店から出ようとする女を慌てて追いかける。その前に金を払わなければいけないが、結構な重さが無くなった。くそ、返せ財布の重力!!
女は異様に早足だった。俺を置いていこうとしているのかと思うくらい早足でたくさんの人を滑るように潜り抜けていく。金を払っていたら距離があいてしまい、慌てて走って追いついた。
「おい!」
俺が腕を掴んで初めて女は立ち止まる。そして面倒くさそうに振り返った。
「・・・何。報酬はもう払ってもらったから貴方は用済みなんだけど」
「お前、勇者って言ったよな。あのオルテガの子供なんだよな」
先ほどの笑顔は何処へやら。不機嫌な顔つきに戻って女は俺の腕を乱暴に振り払った。そして二・三歩離れ俺を睨み付ける。そこには苛立ちと怒りがあった。
「冗談じゃないわ。あんなの父親だなんて認めない。あたしは、魔王を倒そうだなんて思ってない」
「・・・・は?」
俺は思わず素っ頓狂のような声を上げた。
こいつは今何と言った。あの勇者オルテガを父と認めないどころか魔王を倒そうとも思っていない?余程間抜け面をしていたのか、女は小さくため息を吐くと軽く辺りを見回した。そして先ほどは振り払った俺の右腕を掴んで歩き出す。
「おい、ちょ・・・!」
「貴方の目的とかも聞いてあげるから、とりあえず場所移動するわよ」
女は、無表情か笑顔か眉間に皴を寄せるかしかしなかった。食べている時は無言だったし、その他で話したと言ってもほんの少しだ。だが、それでも俺は他人の表情の変化に気づくことには少々の自信がある。その俺の目で判断すると、今のこいつの表情は今までに見たことない表情だ。
泣きそうなのか、怒っているのかわからない。けれど決して無表情ではないその表情。
その表情を見たら腕を振り払えず、俺は引っ張られて女に連れて行かれた。
連れて行かれたのは小さな喫茶店だ。まさかまた俺の奢りじゃないだろうな、とか思っているうちに女は素早く奥の席に移動した。注文を聞きに来た店員に適当に頼み、女はまっすぐに俺を見る。
濁りも、汚れも。何も無いまっすぐな瞳だった。
「まずあたしから質問させて。一つ、何で勇者にこだわるの?一緒に来たいわけ?」
「そうだ。俺は勇者と共に行きたい」
「何で」
「・・・・テドンの、出身だからだ」
本来なら、あまり人には言いたくなかった。だが言わずしては相手も信頼してくれないだろう。
俺の答えに女は少し考えていた。その時頼んだミルクティーが届き、それをゆっくり飲み、金属音を立ててコップを置く。そしてまた俺をあの瞳で見た。
「そんな理由じゃ駄目」
「な、何でだ!?」
「言ったでしょ。あたしは魔王を倒す気なんてない。このサークレットだって勇者ってだけで交通費浮くからつけてるだけ」
信じられない思いだった。
「あたしはね、『あたしが生きてる間は世界を侵略しないでください』って魔王にお願いしに行くの。これは、そのための旅なの。仇を討つとか魔物を殲滅するとか魔王を倒すとか世界に平和を取り戻すとか、そんなことあたしには関係ない。あたしは、あたしが生きれればそれでいい。それ以外は何も望まない。だから、別にあたしが死んだ後で世界が侵略されようが人類滅ぼうがどうだっていいの」
俺が・・・いや、むしろ全世界の人間が当然のように持っている『勇者像』というものは、あっけなく、簡単に目の前のコイツにぶち壊された。
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