「ミレーナ、サフィ。明日も忙しい。早く寝た方が良い」
「・・・ヒスイ、元気だね」

倉庫として使われていた所を与えられた部屋に入るなりテキパキと指示するヒスイにミレーナは苦笑して言う。
自分は全然余裕がないのに、彼女は余裕がありすぎている。
まるで既に知っていたか、関係ないかのように。

「私だって、余裕があるわけではない。
じゃがこうしていたって何も始まらぬじゃろう?
それに明日は今後の方針を決めることになる。
今日の話の続きも。それなら今考えて混乱するより、ゆっくり寝て体を休めるべきじゃ」
「・・・ですが、治療の人々がまだ―――」
「だいぶ終わった。今から少し様子を見てくる」
「そんな、いいよ。ヒスイもゆっくりしなきゃ。私が行くから」
「しかし・・・」
「お願い、行かせて」

引き下がらないミレーナに、ヒスイは仕方なしに頷いた。
それに礼を言いながら、ミレーナは二人に手を振って部屋を出る。
見送ると、どちらからともなく溜息が漏れた。

「・・・正直、信じられません」
「何が?」
「全部です。・・・気づいたら十年経っていたことも、オルテガさんがもう死んだことも。
魔族の話も、ロマリアがこうして滅びたことも」

俯いたサフィの表情は、珍しく暗い色を落としていた。
それにはヒスイも同意する。
ノアニールからロマリアに帰ってきて、予想以上のことが多すぎた。
頭が付いていかないのも無理はない。
実際ヒスイもそうなのだから。
静寂に包まれたロマリアを窓の外から見ながら、ヒスイは再び溜息を吐いた。





信じられない。その言葉が強かった。
忙しなく人々が動き回る廊下を歩きながらミレーナは溜息を吐く。
兄が死んだことは、もう終わったことだと思っていた。
けれども、実はそれがこんなにも根にある。
そして・・・クロト。

「なんで・・・・」

なんで、どうして。そんな考えが心の中で渦巻く。
どうして、自分には何も言ってくれなかった・・・?
魔族、禁忌、飛躍的な運動能力・・・・一度、死んだ?

「あたしは・・・!何も、知らない・・・・!!」

力任せに壁を叩く。
横を通り過ぎようとした兵が驚きの表情をするも、何も言わずに通り過ぎた。
ミレーナはそんなこと気にせず、もう一度叩いた。
言われるまで、自分は何も知らなかった。
わかった気で居て、ずっと傍にいて。
何も知らなかった。

『おれは、これからもうなかない。なけない』
『なんで?』
『なんでも。・・・もう、だめなんだ』

記憶の中の、幼い二人の言葉。

『クロトがなけないのなら、あたしがクロトのぶんも泣く』
『ミレーナ・・・』
『もう、こんな―――』

おそらく、あの時クロトはもう魔族だった。

『もう・・・こんなかなしいこと、おこっちゃいけないんだよ』

だってあれは『兄の墓』の前で行われた会話なのだから。



「・・・あれ?」

何も考えずに歩いていると着いた場所にミレーナは声を漏らす。
そこは庭園で、以前教えてもらったヴェーズの花が無傷で残っていた。
あれだけの惨事で無傷なのは奇跡に近い。

「・・・・・・」

あの時、自分は何をしていただろう。
冗談ではあるけど女王となり、シェイドと二人で騒いでいた。
あの時クロトは少し怒っていたけれど。
後に聞いた話ではヒスイはクロトに指輪を買って貰ったとか。
サフィはまだ居なかったけれど、眩しい日々がそこにはあった。
ヴェールの花の近くにしゃがみ込むと、俯く。

「・・・・・あはは」

乾いた笑いが零れた。
それしか、言えなかった。
こんなにも、簡単に眩しい日常は壊される。
わかっていた。十年前、すでに経験していた。
少し前、再び思い出した。
そして・・・三回目。

「・・・・・・・戻れないよ・・・」

壊れてしまったものは、再び戻りはしない。
そのことをよくわかっていたからこその呟き。
その呟きは・・・・儚く消えた。
















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