治療もあらかた終わった城に、空いている部屋などなかった。
部屋と言う部屋全てに人が居るのだ。
仕方なく、誰にも聞かれないためにミレーナたちは武器倉庫に入る。
ほとんど全員が座り、ヒスイだけ入り口の近くに立ったままだった。

「・・・まず、どれから整理するべきだろうな」

重い空気の中、クロトが聞き出す。
思い出した、と言った彼。
シューノとも関わりがありそうで。
俯いたままのクロトをミレーナはただ見るしかなかった。
一緒に住んでおいて、まったく関わりについての心当たりがないのだ。

「とりあえず、俺とシューノたちのことから。
・・・唐突に言えば、俺は一回死んでいる」
「は・・・」
「えぇ!?」

言葉を漏らしたのはシェイドとミレーナ。
サフィとヒスイも驚いて目を見開いている。

「正確に言えば『死にかけた』。 十年前、俺とミレーナが六歳のころ。
アリアハンは、実は一回襲撃に遭っていた」
「・・・っ」

身に覚えのある出来事にミレーナは唇を噛む。
他の面々はクロトの話に聞き入っていた。
だが、当の本人は未だに顔を上げない。

「その時、俺は傷を負った。
さっき思い出したことだが・・・俺は、シューノに攻撃された」
「シューノ!?」
「じゃが、シューノはまだ子供じゃ。とても十年も生きてるようには・・・」
「ここからが本題だ」

ヒスイの声を遮って、ようやくクロトが顔を上げる。
その瞳は真剣で、ヒスイも口を閉ざした。

「俺は死にかけた時、夢のような世界である男に問われた。
『このまま死ぬか、それとも私たちに魂を売って生きるか。どちらか選べ』と。
俺は死にたくなかった。ミレーナ一人を勇者にさせるわけにはいかなかったし、
俺自身勇者になるって決めたすぐ後のことだったからな。
だから俺は、その男の条件を呑んだ。
その条件は『魔物に魂を売り、魔族となること』。
本来なら魔物に魂を売った時点で俺はミレーナの敵となるはずだった。
・・・その時はただ生きたかっただけだったけどな。
だけど、奇跡的に俺は息を吹き返した。
だから俺は中途半端に魔族の能力を持ってるんだ。
魔族の能力は不老、飛躍的な運動能力、魔物を統べる力、そして一つの禁忌
「だから、お前は・・・」

異常なまでのスピード。
それは持って生まれた運動神経だと思っていた。
沈黙の中、再びクロトは口を開く。

「一回魔族になっておきながら、俺は再び人間に戻った。
だから不老や魔物を統べる力はない。運動能力もスピードだけだし、禁忌は・・・・」
「・・・クロト?」
「おそらく持ってるだろうけど、その記憶がない」

そこまで話すと、クロトは息を吐く。
話はとても壮大で、全員追いつくので精一杯だった。
比較的余裕があるのはサフィとヒスイ。
頭の中で整理し終えたのであろう、無表情のままサフィが口を開く。

「とすれば、さっきの二人にもその力があると?」
「あぁ。禁忌がなんなのかは知らないけどな」
「私の考えでは、女の方の禁忌は『永続魔法』だと思います」
「・・・うん、私もそう思う」

サフィの意見に、いっぱいいっぱい、という顔をしたミレーナも頷く。
魔法についての学がない三人は何が何だかわからなかった。

「永続魔法・・・つまり、スクルトみたいな一時的に身体能力を上げる魔法があるでしょ?
それをほぼ永久的に使う禁忌。
本来は肉体がついていかず、拒絶反応で肉体が動かなくなるか、廃人となるか。
シューノにかけられている魔法は多分バイキルト。
魔族となって上げられた身体能力に、力を倍にするバイキルト。
そうしたらあの斧を軽々と持ってたことも頷けるし」
「なるほどな・・・。そうなると、クロトのもそうじゃないのか?」
「・・・その可能性が、高いかもな」

一頻り話した後、沈黙が訪れる。
クロトの説明は終わり、全員何を話せばいいかわからないのだ。
ただ、誰も、何も言わず時間だけが過ぎる。

「・・・じゃが、十年前にアリアハンが襲撃に遭っていたなど初めて聞いたぞ」

どれくらい時間が過ぎたのか。
ヒスイの言葉に全員顔を上げた。

「あまり言いたくなかった。世界では公にされなかったし・・・俺たちはそれで兄を失ったからな」
「・・・・・」
「兄・・・?」

顔を上げたものの、ミレーナとクロトはすぐに俯く。
話しにくいのか、どちらも口を開けない。
だが視線を合わせると、クロトの方が口を開いた。

「十歳上の・・・ちょうど今の俺たちと同じ歳の兄が居た。
でも、兄は生まれつき体が弱くて、街の外どころか家の外にさえあまり出られなかった。
そんな兄が旅に出るなんて到底無理。
だから俺たちが勇者になったんだ。 でも、十年前に、死んだ」
「そう、か・・・」

シェイドが呟き、サフィは祈るような動作をする。
ヒスイは四人を黙って見ていたが、不意に壁から身を離した。

「皆、誰か来た。話はこれで終わりじゃ。今日はゆっくり体を休め、先のことはまた後で考えよう」

ヒスイの言葉に頷き、四人は立ち上がる。
それぞれが、頭の中で色々なことを考えていた。
特にミレーナとシェイドは頭の中がパンクしそうになっている。

「そう言えば、シェイド。あのシャインってやつ・・・」

クロトが呼び止めると、シェイドは振り返る。
言いづらそうな顔をするものの、ハッキリと言った。



「・・・あれは、僕の兄だ。何年も前に死んだ、な」






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