馬車の中、ミレーナとクロトとヒスイの三人だけ。
その中に会話は無かった。
ミレーナは俯いているし、クロトは何を考えているのか外を見ている。
ヒスイは二人を交互に見ては、難しそうな顔をするのだった。



『・・・そうか』

クロトがアリアハン襲撃のことを話し終えたときの、ヒスイの言葉はただそれだけだった。
何も深追いせず、話されたことをそのまま受け止める。
少し心が軽くなるのをクロトは感じた。

『気になることはまだあるが・・・『アリアハン襲撃に関しては』それが全てじゃな?』
『あぁ』

そうか、とまたヒスイは呟いた。
ただ、それだけだった。

アリアハンの勇者の旅立ち。
それは瞬く間にロマリアに知れ渡り、旅立ち当日は凄いものだった。
誰もがミレーナとクロトを拝め、世界のことを頼んだ。
『お願いします、勇者様!この世界をお救いください』
何度この台詞を言われただろうか。
少し陰りがあるが、笑顔でミレーナは手を振っていた。

起きたとき、彼女は何も言わなかった。
クロトもミレーナには何も言わず、ヒスイと目が合うとミレーナは無理につくったとすぐわかる笑顔でおはよう、と言った。
彼女はわかっている。自分が何をしたか、そして多分クロトが話したことも。
それからカザーブまでルーラで飛ばされ、そのまま馬車に入れられ一時間しか経っていないのが現状である。


「・・・クロト」

今までずっと黙っていたミレーナが口を開く。
クロトは外を見ていた視線を馬車の中に向けた。

「何。悪いけど謝罪なら絶対聞かないからな」
「うん、わかってる」

双子、というのは本当に不思議だとヒスイは感じた。
言葉にせずとも、相手が何を言うのかわかっている。
特に、この二人は。

「私はもう、あんな行動はしない」
「確証は」
「・・・無い。でも、少しずつ変える。絶対に」
「・・・・・・・・ん」
「だから、さ」

チャリッ、とミレーナは羽のネックレスを外した。
そしてそれをクロトに手渡す。

「交換しよう」

切実に訴えるミレーナに、クロトは溜息を吐き自らのネックレスを外した。
手渡しで交換すると、お互いにお互いのネックレスをつける。

「私は誓う。この羽に」

何を、とはミレーナは言わなかったし、クロトもきかない。
ヒスイも何も聞いてこなかった。
だが一段落ついたことを確認すると、微笑んだ。

「そのネックレス、同じ物と思っておったが色が少し違うようじゃの」
「さすがヒスイ。よく気がついたねー」

ニッコリ、と笑うミレーナはいつもの彼女だった。
さきほどまでの重い空気は消え去り、通常に戻る。
クロトはまだ小難しい顔をしていたが。

「実はクロトの方がちょっと色が濃いんだけど・・・クロト?どしたの?」
「え、あ、悪い」
「珍しい。クロトがボーッとしてるなんてさ」

不思議そうに聞いてくるミレーナに、クロトはくしゃりと髪を掻き上げた。

「別に・・・ただ、ちょっとシューノのことで」
「・・・あのブリッ子口調の腹黒悪魔がどうしたの」
「ミレーナ・・・言うようになったの」

容赦ない代名詞に、ヒスイが頬を引きつらせる。
今回の一件は、彼女にとっていい『振り切り』になったのかもしれない。
以前とは何処がとなく違うミレーナ。
少し微笑ましいような、その口の悪さはどうにかしたほうがいいのではないかと言いたいような。
微妙な心境のヒスイだった。

「前何処かで会ったような気がする」
「何処で?」
「―――いや、これは別にいい。問題は魔族について、だ」
「・・・まぁいいけど」

話題を変えられ、少々拗ねたようにミレーナは言う。
だが誰もが気になっていたその話題に、異論を言う者は居ない。

「俺の考えとして、だが・・・あいつらは魔物のボス。魔王の側近だと思う」
「うむ。それは私も思う。それに・・・複数存在すると考えていいじゃろう」
「能力は桁外れ。『気』も生者の物ではなかった。・・・もしかして、ゆ・・うぅ!?
「ク、クロト・・・?」

これが目にも止まらぬ速さか、と心の何処かで実感しながらヒスイは訪ねた。
恐らく今あまり聞いてはいけない言葉。「どうしたんだ」と。
ミレーナが何かを言おうとしたとたん、高速でクロトがミレーナの口を塞いだ。

表情はいつもと変わらないように見えるが、心なしか少し焦っているようにも見える。

「・・・とにかく、憶測で判断するのはよくない。この件は頭の隅に留めとくだけでいい」
「うぅ、うーうーうー!!」(訳:ちょ、クーロートー!)
「そ、そうか・・・。ところでクロト」
「・・・何だ」
「その、ミレーナがお主の名を呼んでいるように私は聞こえるのだが」
「気のせいだ」
「じゃが」
気のせいだ

言い切るクロトにヒスイはただ沈黙。
ミレーナ相変わらず暴れている。

「・・・・・・お主私の師匠に似ておるの」
「師匠なんかいたのか」
「あぁ、あの人も妙な行動をする人で」
「うぅうー!うううー!!」(訳:だから!離せー!!)
「・・・・・・・・」
気のせいだ
「いや、まだ何も言っておらん」

クロトの行動の意味がわかるのは、ずっと先のこととなる。






だがとりあえず、少し経って手を離されたミレーナとクロトとの口げんかで馬車内は騒がしくなった。












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