ミレーナ&クロトside

「クロト、これを。こっちはミレーナに」

辺りが暗闇に覆われ、そろそろ寝る者もでてくるだろう、という時間。
控えめなノックにドアを開けたクロトに、ヒスイは二つのコップを差し出す。
一つにはホットミルクを、一つにはコーヒーを。

「何かいいものはないかと主人に話してみたら、これをくれたのじゃ」
「よく眠れるようにホットミルクを、眠気が冷めるようにコーヒーをって?」
「うむ」

笑って頷くと、ヒスイは二つのコップを渡しドアを閉める。
ミルクは苦手なんだとクロトは言えず終いだった。
溜息を吐いて、机に向かっているミレーナに近づく。
夕方に帰って来るなりブツブツ呟きながら一冊の本を読んでいた。
呟かれる言葉から聞き取れるのは小難しい専門用語や、意味の分からない数字や記号ばかり。
最初は見たときは同室のクロトも、様子を見に来たヒスイも頭を抱えた。

「ヒスイ来たぞ」
「んー・・・」

また、これだ。
返事は返すものの、実際はまったく聞いていない。
一段落するのが先か、日が昇るのが先か。

ヒスイがこのミレーナの集中力には大きく驚いたのはどれくらい前のことだったか。

「コーヒー、置いとくぞ」
「んー・・・」
「・・・・・・冷めるな、絶対に」
「んー・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」

クロトは辺りをキョロキョロ見回すと、
部屋の付属品としてあったロマリアの観光案内を何枚か持ってくる。
さすがに五枚ともなると厚さもできた。
それを上に振り上げて―――。

「〜〜〜〜〜ったぁ!!」

ミレーナの頭にたたき落とした。

「よし」
よし、じゃないわぁ!こんの馬鹿野郎ー!!」
「ヒスイがコーヒー持ってきてくれた」
(流したなコイツ・・・)へー、それはありがたい」

差し出されたコップを受け取る。
まだ湯気の立つそれを飲むと、苦みが口の中に広がった。

「うーん、やっぱ私は甘い方が好きだなぁ」
「砂糖、貰ってくるか」
「ん、いいよ別に。もうすぐ読み終わるし・・・すぐ寝るし」
「・・・・・・・」
「あ、何その疑わしい目は」
「別に」

ぶっきらぼうに答えたクロトに、ミレーナは笑う。
それからたわいもない会話を交わし、コーヒーとホットミルクを飲み干した後、ミレーナは窓を開けた。
今日は風が強いのか、入ってきた風が髪を揺らす。

「上、行こっか」
「自分が行きたいだけだろ」
「あ、バレた?」
「・・・まぁ、いいけど」
「決まり!」

言うなりルーラ、とミレーナは唱える。
何とかと煙は云々という言葉を、クロトは心の中に仕舞った。


「ふー、やっぱ外は気持ちいいなー」
「今日は雲があまりないな」
「うん。星が良く見える」

クロトは先に屋根に座り、隣をはたき汚れを払った。
ミレーナの服が汚れないように。
無意識で、それが当たり前にできるのだから、天然王子とは恐ろしい。

「ありがと」
「どーいたしまして」

笑顔で礼を言うミレーナに、クロトも微笑んで返す。
天然王子気質とこの微笑みに何人が落とされてきたか・・・。
数えるのを諦めたのはとうの昔のことだ。

「・・・今日、ヒスイが妙な気のやつらを見つけたらしい」
「妙な気?」
「人間ではなく、かといって魔物でもない。『生きている者』の気ではなかったって言ってた」
「あたしはそんなの感じなかったけど・・・」
「何でも、『気配』と『気』は違うんだそうだ」

既に何時間か前にヒスイに聞いた内容だった。
気とは、生きている者皆が出すオーラみたいなものだと。
説明を受けている間、ミレーナの眉間には皺が寄っていた。

「男と手合わせしたが強い、しかも逃げられてしまったって言ってた」
「逃げた?」
「女の子が来たら、逃げたらしい。ヒスイも追ったが、すぐ見失ったと」
「・・・・・・」

何かが引っかかる。
確実に答えは自分の中にあるのに、それが出せないことにミレーナは頭を抱えた。
嫌な予感が、する。

「ねぇ、クロト・・・―――」




「何してるの?勇者ちゃんたち」




その明るい声には耳覚えがありすぎて。
たった二日。
長かったその二日。
一瞬たりとも忘れることの無かったその声は・・・。

「シューノ・・・・ッ!!」
「あははっ、覚えててくれたんだー。ありがとね♪」





その少女は、間違いなく―――。


















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