ミレーナの見開かれた目は、いつの間にか少し離れたところに立っている少女を捕らえた。
愛らしいその少女の瞳には、冷たさしかない。

「貴様・・・!」
「ミレーナ、落ち着け」

怒りで何も見えなくなったミレーナの肩をクロトが掴む。
乱暴に振り払おうとするも、クロトはそれを許さなかった。

「アリアハンでわかっただろ、今の俺たちじゃコイツに勝てない」
「離せ・・・離せぇ!!」
「あははは!なーんにも学習しないんだからぁ、女勇者ちゃんは!」
「・・・・・許さないっ!!」

殴るようにしてクロトの手を振り払うと、ミレーナは魔法を編み出した。
炎が集まり、周囲が照らされる。
メラミ、と呼ばれるその炎は一直線にシューノへと向かう。
ぶつかるはずだったそれは、シューノが片手をかざすとその手に当たり、消えた。

「なーんだ、やっぱり全然相手にならないんだー。シューノちゃんせーっかく期待してたのにぃ。
あーでも今日はシャインのせいで戦う気分じゃないしなぁ」
「絶対に・・・許さないっ!!」

聞こえていないのか、ミレーナはまたメラミを放つ。
だがそれは再びシューノの手とぶつかり消えた。

「あのさぁ。いーかげんウザいよ?」
「ミレーナ」
「止めないでクロト!私はコイツを・・・絶対に―――」


言葉は、途切れた。


「絶対に、何?」

いつの間にか接近していたシューノ。
そしていつ取り出したか分からない彼女には不似合いすぎる大きい斧。
三枚の刃の部分ではなく、わざと柄の部分でシューノはミレーナの腹を突いた。
衝撃からミレーナは横に飛ばされる。
屋根から落ちるか落ちないか、というところで止まった。

「うーん、おしいっ。・・・って、あれ?」

飛ばされたはずのミレーナの姿が消える。
何が起きたか分からず、思わずシューノは辺りを見渡した。
居たのは、ミレーナが倒れていたところと反対方向で彼女を抱えているクロトだった。

「うわ、速っ。シューノちゃん目で追えなかったー」
「・・・・・・」

クロトの目には、先ほどまでの押し殺した怒りはない。
ただ、素直にそれを露わにする業火があった。
嬉しそうにシューノは笑う。

「へぇ、男勇者ちゃんでもそんな顔できるんだー。
いーっつも冷静な振りしてたから本当にそうなのかと思ってた」
「黙れ」
「そんなに女勇者ちゃんが大事?その子は―――」
「黙れと言ってるんだ」

普段のクロトからは想像もできないくらい暗く、重い声に、シューノは背筋がゾクリとする感覚がした。
それは決して恐怖ではなく、むしろそれは―――。

「ねぇねぇ、戦ってみない?気分変わっちゃった」
「・・・・・・」

―――むしろそれは、歓喜に近い。





「うるさいぞ、お主」

クロトの方に集中していたシューノは、不意に背後から聞こえてきた声に振り返る間もなく飛ばされた。
屋根の上を何回か滑り、止まる。

「ヒスイ・・・」
「屋根の上で何をしているかと思えば・・・何故私が昼間会った気の無い者と戦おうとしておるのじゃ」
「やっぱり、コイツだったのか・・・」

ミレーナもクロトも、お互い予想はしていた考えにクロトは唇を噛む。
だがその瞳に、先ほどまでの業火は無かった。

「あたたたっ。もー最悪っ。シューノちゃんとしたことが一生の不覚!戦う気失せたー!!」

喚き散らし、つまらないと叫ぶ。
すっかり見た目相応の性格になってしまった。
服に付いた泥を払い、シューノはクロト達に向き直る。

「今日・・・というより、しばらく勇者ちゃん達は見逃してあげるけど!でも準備が整ったらこうはいかないんだからね!」
「おい、待て」
「何!?」

立ち去ろうとするシューノを呼び止めると、不機嫌そうに言葉が返ってきた。
腕の中のミレーナは、先ほどから動かない。
息はしているので生きているのだろうが。

「お前らは・・・ロマリアもやるつもりなのか」
「アリアハンみたいに、ってこと?やんないよー、どれだけ国一個滅ぼすのが大変だと思ってんのー。
全部を滅ぼすのはまだまだ先!」

喋るだけ喋ると、疲れた、とだけ最後に呟くとシューノは消えた。
緊張が一気に解け、クロトもヒスイも座り込んだ。

「・・・正直、危なかったの」
「あぁ、引いてくれて助かった・・・」

勝てる気など、まったく無かった。
それはクロトも、途中から入ってきたヒスイも感じていたこと。
それほどまでの殺気を彼女は出していた。
一息吐くと、クロトはミレーナにホイミをかける。
勿論、腹にだ。

「面識があるようじゃの」
「・・・・・・」
「アリアハンみたいに、とも言っておった」
「・・・・・・」
「・・・話して、くれぬか?」

どうせ、話すことになるのだ。
わかった、と呟いてクロトはホイミをかけながら口を開いた。





ミレーナは、起きたときどうするだろう。
それだけが気がかりで。


















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