『勇者ちゃーん。どっこかなー?』

不意に高い声が家の外から聞こえた。
急に緊張が全身を走る。
冷や汗が流れ落ちるのをミレーナは感じた。

『あ、もしかしてここの家かなー?』

コンコン、と家の扉が叩かれる。
ミレーナたちの居るリビングから玄関までは扉という仕切りがあるはずなのに、それすら通り越して聞こえた。
ビクッ、と大袈裟すぎるほどミレーナは身を強張らせる。
それは全員同じようで、ジルダですら表情が固まっていた。

『もしもーし。いないのー?』

「まずいことになったの」
「・・・ミレーナ、クロト。急いで裏口に」
「う、うん」

扉から視線を外せないまま、ミレーナは答える。
そうしないといけないような気がしたから。
だがクロトは聞こえていないのか、まだ扉から目が離せないでいた。
彼には珍しく、恐怖の色すら浮かんでいる。

「クロト。聞いてるの!?」

ティーンが再度言っても反応は無い。
時が止まったかのようにクロトはそこに立っていた。

「クロトッ。気づいて!」
「・・・・ぁ・・・・・・?」

ミレーナが揺さぶるとクロトの目に光が戻る。
今まで何が起きていたのか分からないのか、数回瞬きをした。
よかった、とミレーナは胸を撫で下ろす。

『ねーえー。シューノちゃんあんまり気が長いほうじゃないからさぁ。早くしてくれなーい?』

またクロトが固まっては困ると、ミレーナは強引にクロトの腕を取って裏口へと急ぐ。
ティーンも後に続くが、ジルダは何故かその場に残っていた。

「爺ちゃん!?何してんの!?」
「ほっほっほ、まだまだわしは現役じゃ。ここはわしに任せなさい」

にっ、と老人は元気に笑う。
心配ご無用、と小声で言うと、玄関の方へと向かう。

「・・・・・頼みます、お父さん」
「え、ちょ、やだ・・・爺ちゃん!」
「なーに、あんな奴ちょちょいのちょいじゃ」

リビングから玄関に続く扉を開け、最後にもう一度笑顔を見せるとジルダは扉を閉めた。
先ほどの緊迫感。
もしかしたら現役時名を馳せていたジルダですら敵わなかったら・・・。
嫌な考えがミレーナの頭を過ぎった。
双子とはこういう時でも考えることは一緒なのか、クロトもティーンが押さえる腕の中で足掻く。

「離せ、母さんっ」
「大丈夫、大丈夫だから・・・!貴方たちは早く裏口から逃げて!」
「でも母さん!外にいる奴、ここからでも魔力が伝わってくるんだよ!?」

二人して暴れられた物では、元から力のないティーンでは抑えられない。
爆発音が響き渡る。
聞かなくても分かる。それは家のすぐ外からだった。
双子は目を見開く。

『キャハハッ、何このおじーさんっ。てーんでよわーい!
まさかこのおじーさんが勇者ってことは無いよねー?』

「う、そ・・・。いや・・・いや・・・・」
「いいから早く裏口に!」

抵抗する力が無くなったところで、ティーンは一気に二人を引っ張る。
為す術無く二人は裏口から外へと出された。
今の状況が飲み込めないまま次に見た物はまさに『地獄図』。
美しかった町は焼かれ、死体が転がっていた。
雨がこんなにも降っているのに、火は燃え続ける。
人間だけに限らずモンスターも。
それでも戦いの音は広がっていた。
こっちに、とティーンが引っ張り、二人は抵抗した。最初は。
だが途中で虫の息のアリアハン兵に言われたのだ。
『どうか行ってください。世界の希望』と。
一人ならそれを振り切り戦いに出向いたものの、生きている者、死にそうな者。
それら全てに言われ、その願いを無下にするほど二人は子供ではなかった。

途中ミレーナは何人もの知り合いの死体を見て吐きそうになったが、何とか押さえる。
ここでクロトやティーンに気を遣わせるわけにもいかないから。
だがそうすることで、死体のことやジルダのことを思い出さないようにしていたのかもしれない。



戦闘が起こっているであろう西門は避け、三人はアリアハンの外へと向かっていた。
しかし、微かな人の声を聞きミレーナは足を止める。

「ミレーナ!?何してるの!」
「人の・・・声がした!」

以前は倉庫として使われていた小屋の中に、戸惑い無くミレーナは入っていく。
それをクロトが追い、焦りを感じながらティーンも追う。

「う・・・・ぐ・・・っ」

そこに居たのは、一人の男。
アリアハン人ではないのか、珍しい水色の髪だった。
酷い怪我のその男に、ミレーナは駆けつける。
手に神経を集中させ、白い光を怪我をしている腹部に向けた。
回復魔法。
ミレーナが魔法の中で最も得意な分野だった。

「大丈夫ですか!?ちょっと我慢しててください!」
「あ・・・・・オル、テガ・・・の、むす・・・め・・・・?」
「そうです!でもそんなのいいから!」

男は少し顔を傾ける。
ミレーナの後ろにいるクロトを見ると、目が細められた。

「息子、は・・・そこ、か。よか・・た・・・世界の・・・きぼ、が・・・」

息絶え絶えに男は袋からある物を取り出す。
出されたのは銀のロザリオ。
震える手で差し出され、条件反射でミレーナは受け取った。

「わた、しの・・・娘、に・・・・・・。き、っと・・・貴方、がたの・・・力に・・・」
「喋らないで!・・・ベホイミ、ベホイミ!」
「ノア、ニールに・・・います、か・・・ら・・・・」
「喋らないでって言ってるでしょ!?」

泣きそうな顔で怒声を上げながら、ミレーナは回復魔法を繰り返す。
一ヶ月程前にはマスターしていた、ホイミより一ランク上のその魔法。
大体の怪我を治すはずなのだが、ほとんど回復が見受けられない。
涙で視界がぼやけるのを感じた。
男は、笑顔で拳を上に突き上げた。

「勇者・・・万歳っ。神よ・・・どうか、この勇者たちに・・・祝福、を・・・!」



それが最後だった。
ゆっくりと拳が力を失い、落ちる。



「いや・・・いやぁ!死なないで!目を開けて!ねぇ、お願いだからぁ!!」






誰よりも死を嫌うであろう少女は、会って数分の男の死に涙した。









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