時は過ぎ、それからもうすぐ十年の月日が流れる。
彼らは成長し、あの頃とは比べ物にならないほど成長した。

クロトはミレーナの身長を抜いた。
身長でミレーナを抜いたといってもそれは単にミレーナがあまり伸びていないからであって、
百七十一歩手前が彼の身長である。
ミレーナは長い髪を後ろ流し、クロトは普通のショートカット。
それでも時々女に間違われるのは彼の一生の悩みなのかもしれない。
ミレーナは、身長こそクロトに負けるが、誰もが一度は振り向くその容姿は母親似だ。
だが顔だけでなく、身体つきも母親似のため、筋肉はあまりつかない。
それが悲しいことに、クロトも一緒であったのだ。

このようなことから、クロトは長剣ではなく、短剣を二本取った。
素早さだけなら誰にも負けないほどだ。
それこそ、そこらの盗賊より。
だが魔法は初級物しか扱えない。
逆にミレーナは、魔法の使い手。
力では男に敵わないといち早く気づいた彼女が取った行動は『魔法』だった。
元魔法使いのティーンの教えもあり、ミレーナは今やアリアハン指折りの使い手にまで上り詰めたのである。




そんな彼女は、図書館で魔法書を読み漁ることが多い。
旅立ち一週間前なのに、まだ同じことをしている彼女を迎えに行くのは、いつもクロトの役目だ。
集中力の素晴らしい彼女は、クロトが近くに来ても気づかない。

「・・・もう閉館時刻だぞ」
「・・・・んー」
「毎日毎日よく飽きないねぇな」
「・・・・んー」
「・・・聞いてるか?」
「・・・・んー」

同じ返事しか返ってこないことに、早くも彼の堪忍袋の尾は危うい。
お世辞にも彼は気の長いほうではない。
それが彼が魔法が苦手な理由の一つ。
決定的な理由に『集中力が続かない』というのがあるのだが。

「・・・・・・・・・バーカ」
「・・・・んー」
「・・・・・・・・・」
「・・・・んー」
「何も言ってねぇ」

ダンッ、と机を叩くと管理人から鋭い視線が来る。
スミマセン、と謝り、俯く。
いつもなら少し顔が赤くなっているところをミレーナに笑われるのだが、さすが素晴らしき集中力の持ち主。
まだ本に熱中していた。
しかし切が付いたのか、パタンッと本を閉じる。
そこで初めて彼女はクロトが居ることに気づいた。

「・・・あ、クロト。居たの?」
「居たの?じゃねーよ。帰るぞ」
「はーい」

それにしてももうすぐここの図書館ともお別れかー。
なんなら一生ここに居ろ、本の虫めが。
あ、ひっどー。

そんなやり取りはさっきまで鋭い視線を送っていた管理人に笑いを誘う。
仲の良いオルテガの息子と娘。
二人の漫才のような会話はアリアハンでは有名だった。

その有名な二人は、夕日が綺麗な時間帯には家へ帰る。
それは、残り少ない家族との時間を大切にしているのかもしれない。


「ミレーナとクロトじゃないか。相変わらず元気そうだね」
「ルイーダ!」

家に帰ろうと道を歩いていた二人を酒場の女主人が呼び止める。
『ルイーダの酒場』と、自分の名前を入れている彼女は、ミレーナとは別の意味で誰もが一度は振り向く。
大人っぽい彼女には似合わず、手に紙袋を持っていた。

「どしたの?」
「酒のつまみの買い足しだよ。何時もは下っ端にでもやらせるんだけど、今日は自分で買いたい気分だったんだよ」

へーっ、と相槌をうつミレーナとは違い、クロトは興味を示さない。
似ているようで、実はまったく似ていない二人。
社交性があるほうがミレーナで、無いほうがクロトだ。
だが外見はこれでもかというほど似ているのがおかしい。
そんな二人の胸元には、お揃いの羽のネックレスが揺れていた。

「どーだか。その下っ端に逃げられたんじゃねーの?ルイーダおっかねーから」
「相変わらず減らず口しか言えないね、この口は!」
「いて、いててててっ」
「おー、結構のびるねぇ」
「ルイーダ、結構痛そうだからそこら辺にしといて」

ミレーナが止めると、ルイーダはあっさりとクロトを解放した。
ヒリヒリと痛むその頬をクロトは撫でる。
別に痛みが治まるわけでもないが。

「じゃ、母さんたち待ってるからあたしたちはこれぐらいで帰るね」
「気をつけるんだよ」
「子供じゃあるまいし・・・。しかも家ってすぐそこじゃねーかよ」
「お黙り。あたしに比べりゃまだまだ子供だってことだよ」

本当にね・・・とルイーダは頭の中で続ける。
もうすぐ十六になり、成人を迎えると言ったものの彼らはまだ十五。
まだ、子供のはずなのに。
そんな二人は、世界の平和を護るため旅に出るのだ。

「ほー。ってことは年増ってことをやっと認め・・・あいでででででっ」
「何か言ったかい?」
「な・・・何にも・・・・・・・・」

同じようなことを繰り返す。
そんなことをしていると、先ほどまでの考えが馬鹿らしくなってきた。
この子たちならきっとやり遂げる。
根拠の無い自信をルイーダは持った。

しかし、何故か胸騒ぎがする。

「・・・ルイーダ?どしたの?」
「考え込んじまって、めずらしーな」
「・・・・・え?あ、いや。何でもないよ」


そう、何でもない。
ルイーダはそう自分に言い聞かせた。
不審に思う二人に、ルイーダは空を見上げる。

憎らしいほどに、晴れていた。



「ただ、明日は雨が降りそうだなって思っただけさ」
「雨?雨って・・・この天気で?」
「降るわけねーだろ。こんな晴れてて」
「分からないよー?ルイーダさんの天気予報は結構当たるって有名なのさ」



和やかに続けられていた会話はここで終わる。
それが最後ということも知らず、人は愚かにも普通に過ごす。











そう、人は愚かだ。


















NEXTorDQ TOP