そしてその一つ下の部屋。
戦闘などとうの昔に終わったその部屋に、カリーヌは大の字で寝ころんでいた。

「さぁ!とどめをさしなさい!」
「いやだってさっきから言ってんだろ」

何回繰り返されただろうか。
決して折れないエンドレスの会話に、相手が子供だと抑えてはいても少々短気のクロトにはきつい。


戦闘は、いやにあっさり勝敗がついた。
バギが使えるとは言っても所詮少女。
一発目を避け、最大の武器である素早さで近づき仕込み棒で腹を一発。

少女は倒れ、それからずっとこの状況である。


「させー!とどめをー!このカレイなるカリーヌちゃんにキヨラカナルとどめをー!
「いや、そんな難しい単語カタコトで言ってもやれねぇよ」
「勝者には生を!敗者には死をー!」
教会の聖書みたいな読み方すんな

しかも言っていることが何気に過激だ。
大の字で寝たまま、とどめを、と叫ぶカリーヌの隣にクロトは座り込んだ。
そして仕込み棒で頭を一発叩く。

腹じゃないだけまだマシだ。

「な・・・にすんのよ!」
「とどめはささない。ってかそうやって油断したところをバギで攻める作戦だろうからな」
「ば、ばれてる」

カリーヌは口元に手を当て、冷や汗を流した。
数秒黙った後、あーあっと叫んだ。

「本当はもーっと凄い技あるけど・・・この塔が吹っ飛んじゃうからやーめたっ」
「・・・そんなに凄いのか」
「とーぜん!」

嘘を吐いているようには見えない。
すなわち、本当に塔を吹き飛ばすほどの技を持っている可能性があるというわけだ。
生まれて初めてクロトは塔に感謝を覚えた。

どっちにしても、負ける気はしないというのは口に出さないが。

「でも勇者くん、あっまいなぁ。最初の一発でとどめささなきゃー」
「偉そうだな、お前」
「あたしだからいいけど・・・他のやつだったらどうしてたのー。カンダタくんだったらオダブツだよ?」
「・・・・」

カンダタに『くん』はどうしたものか。
質問とはまったく逆の答えを考えているのに気づいたのか、早くしてよ、とカリーヌが急かす。
短気なはずのクロトは、穏やかな顔で微笑んだ。

思わず、カリーヌは見惚れる。

「俺の妹は・・・たとえ知らないヤツの死でも悲しむヤツだ。
俺はこれ以上あいつを悲しませたくない、泣かせたくない。
だから、殺さない」
「・・・キレイゴトじゃん」
「それでもいい。俺とあいつは二人で一人。それは絶対に変わらない」

『ミレーナ』
『・・・なに?』

今までの不機嫌さは何処に消え去ったのか、外を見つめてクロトは続けた。
蘇るのは、幼き記憶。
記憶の中でミレーナは涙を流し、クロトは涙すら浮かべていなかった。

『おれは、これからもうなかない。なけない』
『なんで?』
『なんでも。・・・もう、だめなんだ』

そう言うと記憶の中のミレーナはまた泣いた。
幼いクロトはどうしていいかわからず、ただオロオロとする。
なくな、と呟くがミレーナは首を横に振るばかり。

『クロトがなけないのなら、あたしがクロトのぶんも泣く』
『ミレーナ・・・』
『もう、こんな―――』

「・・・勇者くん?」

言うなり黙ったクロトに、不思議そうにカリーヌは訊ねる。
ハッ、と意識が戻り、悪いとクロトは謝る。


―――あれはもう、終わったんだ。


自分に言い聞かせ、クロトは立ち上がった。
そして、手をさしだす。
カリーヌの周りに飛び交うのはもちろんクエスチョンマーク。
何をやってるんだ、この勇者は。

「上、行くだろ?」

あ、もしかして立てないか。
そう言うとクロトは後ろを向いてしゃがんだ。
馬鹿だ、とカリーヌは心底思った。

カンダタくんも馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけどそれ以上が居たんだ・・・。

それでも頬が赤くなるのは何故だろう。
そして大人しく背に乗ってしまうのは何故だろう。

「・・・勇者くんって、変」
落とすぞ
「あー、やめてやめてっ。勇者くんやさしー!もーさいこー!」
「・・・・・・・俺より変なやつは、上にいるからな」
「勇者くんの妹?」
「と、もう一人」
「ふぅん」
「後、俺は勇者くんじゃなくてクロト」



天然王子、という成分に当てられる女は多い。
カリーヌに手をさしのべたのも、危険を顧みず背を向けたのも、老若男女分け隔て無く(敵以外)ばらまく彼のその成分の所為。


カリーヌは、その成分に当てられた女の一人になった。
ミレーナも、ヒスイも居たならば盛大な溜息を吐いたであろう。






自覚が無い、というのが一番恐ろしい。












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