生まれてこの方、勉強なんてあまりしたことがなかった。
テスト前はさすがにやるけど、どちらかと言うと一夜漬けタイプだったし。

「シューザー・・・・」
「何だ」

スポーツも小学校の時陸上クラブを掛け持ちでやったっきりで、それ以外はサッカー一筋。
五角形と六角形がいくつもあるあのボールを追っかけることに人生の三分の一以上を費やした。

「俺、もうすぐ死ぬ。絶対死ぬ。兄貴と姉貴と妹に遺書書くから渡しといて・・・」

だからこそ、言いたい。

「それ、朝から三回目だぞ」

俺は勉強なんて大ッ嫌いだ。





「この俺が、直々に指導してやってんだ。ありがたく思え」
「アリガトーゴザイマスしゅーざサン。でもこれは無理だって」
「昨日の夜勉強せずに寝たお前が悪い。俺が部屋に行ったらぐーすか寝やがって」
「しょうがないだろ!?」

正統派王道RPG二大作の片方。
ケアルではなくホイミの方の世界で、夢ではなく俺は勇者として旅立ちが決定した。
実感なんて沸いたものではないけど、この前ダーマの外に居る魔物・・・
所謂敵モンスターを見たときは正直冷や汗をかいた。
バッファローっぽい外見のそれは、冒険者らしい人に襲い掛かっていた。
それを悠然とただ見ていたシューザの精神は物凄いものだと思う。
冒険者らしい人は相当強かったらしく、なんとものの数秒でそいつを倒してしまった。
俺が魔物を見たのはそれ一回きり。
それからは午前は勉強、午後は訓練、夜は遅くまで勉強の毎日。
昨日は疲れが溜まって夜シューザが来る前に寝てしまったけど。

それで今、俺の部屋で猛烈勉強中なわけで。
・・・受験の時も(推薦だったから)こんなに勉強しなかったって、俺。

「ほら、ここさっさとノートに写して暗記しろ」
「こんな文字の多い所を・・・!!」

どういうわけか、俺はこの世界の字が読める。
お約束の如く書けはしないけど。
だからノートに写すのは日本語だから多分シューザは何処を写しているかわかっていない。

「ほほーう?勉強開始二週間。
それなのに超簡単なホイミぐらいしか使えない出来の悪い
アスカ君のために時間を割いている俺にそんな口を聞くと」
「お前絶対楽しんでるだろこの状況!まずありえないんだよこの量!」

バンッ、と机を叩きたくなるけど、我慢。
そんなことしたら山のように積み重ねられた本が落ちてくるのはわかりきっている。
もう二冊ぐらい積めば立っているシューザの胸ぐらいまでいくんじゃないかと思うほどの本。
それはほとんどが魔法論理やら呪文書やらで、偶に戦術書だったりする。

「本来ならお前にこの倍の量覚えてもらうつもりだったんだよ。
・・・・・でもまさか」
「あーあー出来が悪いって言いたいんだろ!?俺が泣きたいわ!」

目を押さえて泣き真似をするシューザに叫ぶ。
俺だって、魔法はもっと簡単なものだと思ってた。
一発でできるとは思わなかったけれど、時間をかければそれなりにできるものと。
実際は、それと全然違う結果だったけど。
この前やっと初歩中の初歩回復魔法ホイミが使えるようになったばかりだ。

「お前、才能ないんじゃねーの」
「ちょ、それあんま考えないようにしてんだぞ!?」
「メラなんて失敗しても煙も出ねぇじゃねーか」

メラって、失敗したら煙出るものなのか・・・。
効果も何も無く有害物質を発するよりは、何もでない方が環境には優しいけど。
俺がシャーペン(この世界には羽ペンぐらいしか無いらしい。シューザが珍しがっていた)を置くと、
書き終えたと気づいたのかシューザが本を閉じた。
その本を脇に置くと、違う本を開きパラパラとページを捲る。

「・・・サッカーしたい」
「それ、今日五回目。大体この世界にさっかーなんてものはねぇんだよ。
一人でしたところで意味ねぇだろ」

サッカーが何たるかを既に俺から教えられているシューザは、サッカーが団体競技ということは知っていた。
ルールはあまり理解してくれなかったけど。
でも一人だってリフティングとかドリブル練習とかできることはある。
部屋の隅の鞄の近くに転がっているボールを見た。
最近全然してないせいで、感覚忘れそうだなぁ・・・。

「次行くぞ。ほらお得意な回復魔法。攻撃魔法無理ならベホイミまで行けベホイミまで」
「・・・・鬼。悪魔。冷血」
「よく勉強しているようだな」
「おぉぉおおお!?」
「何だよジジィ。何か用か」

背後からの声に、ここに来て何回目かわからない声を出した。
毎回毎回思うけど、ザーズさんは気配も何もあったもんじゃない。
勿論現代っ子の俺に気配を察するなんて芸当できないけど、それでもドアが開く音ぐらいしてもいいだろう。

「昼食の時間だ。それと、アスカ殿に面会したいという者が今日で七人程度来ているが」
「・・・全部、断っておいてください」
「それがいいだろうな」

面会希望者は全員『勇者様』を一目見たいという人たちか、仲間にしてくださいという人たちだ。
最初馬鹿正直に出たために大変なことになった。
俺の意見全く無視で話されるわ。
挙句の果てに戦って勝ち残った者が仲間になれるというものまで始まってしまった。
勇者として旅立つことは決めたけど、仲間は既に勇者の息子たちと決まってる。
とにかく、それ以来面会は全部お断り。
訓練も俺専用のをやってもらったり、ご飯は朝昼夕全部シューザに部屋に運んでもらったり。
おまけに勉強も部屋でやっていて、シューザとザーズさん以外ほとんど人と関わらないから一種の引きこもりだ。

「・・・シューザ、ごめん」
「謝るんな。俺もお前だったらあんなとこ勘弁だからな」

その代わり、午後は覚悟しろとだけ言ってシューザは部屋を出た。
専属教師兼サボらないかの監視役が居なくなり、俺はベッドに倒れこむ。
頭の中ではさっき写した補助魔法が回ってた。
えーっと、ルーラが転移呪文で・・・・あれ、マヌーサって何だっけ。

「大分搾られているようだな」
「あいつ、厳しすぎ・・・。ザーズさん俺このまま旅立てずに死んじゃいます・・・・・」

半分本気だ。
この前なんて問題全部解けなかったら睡眠無しと言われて本当にそれを実行されたのだから。
あれは・・・地獄だった。

「それで、本音では話してくれたか?」
「・・・多分、大丈夫だと思います」

以前祖父として頼まれたこと。
あの日以来、シューザは本音で話してくれてると思う。
妙に突き放したような態度も無くなったし。
俺も本音で話せてる、と思う。

「良かった。シューザも、近頃楽しそうだ」
「それって、確実に俺をからかって遊んでるからですよ」

シューザはかなり良い性格だ。勿論、褒め言葉じゃなくて。
Sだ。絶対S。俺のこといじって遊んでる。
悪い奴じゃないってことはわかるんだけど、すっごくわかるんだけど・・・。

「ザーズさん、俺って才能ないんですか」
「能力の開花の速度や限度は人それぞれだ。
焦ることは無い。ゆっくり、やっていけばいい」
「でも俺、ホントに何にもできてないんですよ。このまま行ったら足手まといになりそうで・・・」

まず、俺に旅なんてできるのか。戦闘も、魔法も・・・何もかも。
不安な事だらけで、最近は先のことを考えないようにしてる。
試合前でもここまで不安にはならなかった。まず、不安以前にわくわくしてたし。

天井の白を見るのも嫌で、腕で目隠ししながらザーズさんに話す。
不安なんだ。何もかも。

「・・・私としては、それはシューザに話してやってほしいのだけれどな」
「え?」
「いや。・・・・アスカ殿。何もできぬ者など居ない」
「けど、俺剣も魔法も・・・」
「言っただろう?何もできぬ者など居ないと。確かに今は未熟かもしれない。
けれど、戦闘が全てというわけではないだろう」

ザーズさんの声は、本当に優しい。掠れてて、それでもちゃんと芯の通ってる声。
笑顔も優しいし、優しいことずくめの人だ。
腕で目を隠しているせいで表情は見えないけれど、ザーズさんはその声で話している。

「シューザから、アスカ殿は回復魔法が得意だと聞いた」
「得意なんて・・・。俺、まだホイミしか使えなくて。あいつから教えてもらって二週間も経ってるのに」
「初めて魔法を学び、たった二週間で一つ呪文を使えるようになったのならば大したものだ。
アスカ殿は筋はいい。それに、魔力が溢れている。
あやつは少々口が悪いからな。あまり真に受けない方が良い」

やれやれ、と言いたげにザーズさんは溜息をついた。
それはシューザに向けてなんだろうなぁ。あ、そういえばあいつそろそろ戻ってくるかな。
そんなことを思っていると、疲れが出たのかどんどん睡魔が襲ってきて・・・。






結局俺は、そのまま寝てしまった。














  


TOP