「・・・シューザ」
「けっ」

ザーズさんの部屋に入って数秒。
俺たちの間の気まずい空気を感じ取ったのかザーズさんはシューザを睨み付けた。
本人は俺は悪くない、と繰り返すばかり。
いや、多分、俺が悪いんだろうけど・・・。

「まぁいい、この話は後だ。まずはアスカ殿、貴殿の質問に答えよう」
「あ、はい」

けどそう言われても、いざ聞くとなったら何から聞けばいいかわからない。
数分迷うが、迷えば迷うほど聞きたいことが溢れてきて、一番なんて決めれそうになかった。
それでも、そんな頭でも一つだけどうしても聞きたいことがでてくる。

「元の・・・俺が居た世界には、帰れませんか」
「はっきり言おう。私たちの力では無理だ」
「そう、ですか・・・」

なんとなく、予想できた答えだ。
向こうの世界の友人の顔が浮かんではどんどん消えていく。
会うことは、もうない。
これが夢で、そしてこの夢が覚めない限り。

「魔王を倒すって、言いましたけど・・・魔王って何ですか」
「悪の元凶、と言うべきか。詳しいことはよくわからない。見た者は誰もいないからな」
「名前はバラモス。んで、そのバラモスっつーのが世界全土に存在する魔物の親玉ってわけだ」

これが聞くだけだったなら何処の正統派RPGだと笑い飛ばせただろう。
しかし笑えない。
夢でない限り、夢が覚めない限り、俺が倒さなければならないのだ。

「んなに気張んな」

不意に頭を掴まれたかと思うとぐしゃぐしゃと掻き回された。
そろそろ切ろうかと思っていたため、少し長い髪は俺の目の前を真っ暗にする。
声でわかるが犯人はシューザで、顔を上げて髪を直した時には既に部屋から出ていた。

「・・・何、あいつ」
「シューザも、とことん不器用なやつだからな。あれはあいつなりの優しさだ」
「優しさって・・・でもあいつ、すっごい冷たいし・・・・」
「アスカ殿」

冷たい、は言いすぎただろうか。
孫のことを悪く言われて怒ったのかとザーズさんを見ると、あの優しい笑みを浮かべていた。

「確かにシューザの言う通り、あまり気張ることはない。あくまで『第三』なのだから」
「あ・・・。って言うことはもう二人、他に居るんですよね」
「いいや、死んだ」

きっぱりと返ってきた答えに、俺は最後の希望が無くなったような思いだった。
期待させといて、これだ。
つまりは第三と言われながらも実質的には一人でやらないといけないのか。

「本当に、アスカ殿は素直だな」
「え?」
「いや、なんでもない。・・・気負うな、勇者は死んだがそれぞれ一人息子が居る」
「・・・えぇ?」

聞き返すと、ザーズさんは面倒くさそうな顔もせずもう一度繰り返した。
勇者の息子が居る、と。
今度はさっきと対照的に救われたような思いだった。
良かった、一人じゃない。

「オルテガの息子とサイモンの息子。二人ともアリアハンに居る。
確か、来週に十六の誕生日を迎えるはずだから、そこで初めて勇者と認められ旅立てる」
「十六・・・?」
「貴殿の世界はどうかわからないが、私たちの世界では十六からが成人だ」

素直に驚いた。
俺たちの世界は二十歳が基本。酒も煙草も二十歳から・・・って破ってるやつも居るけど。
基本的に自立が認められるのはその歳からで、一人暮らしを始めるのもそこ付近だ。
けど、ここは俺より一つ・・・違う、二つも年下の子供が成人を迎えるんだ。

「アスカ殿はその二人に合流してもらいたい」
「・・・わかり、ました」

俺に拒否権など存在しない。
初めから用意され、選ばなければならない道を選ぶ。
実感なんてものは遥か遠くにあるけれど、ここでNOと言ったら困るのはザーズさんだ。

「・・・アスカ殿」
「はい?」
「あの子の祖父としての願いなのだが、本音でシューザと話してみてはくれないか」
「え?」

今俺は変な顔をしているのだろう。
実際、ザーズさんが何を言いたかがわからない。
寂しさと苦笑が入り混じったような顔でザーズさんは笑っていた。

「本音は、きちんと出した方が良い。言わないと、シューザがもっと空回りしてしまう」
「あの、何の事を・・・」
「人は誰かを怨んだ時、楽になれるものだ」

『怨んでねぇわけ?お前』

そう聞いてきたあいつは、真面目な顔をしていた。
俺はあの時、怨んでいないと言った。
その心に嘘はない。
お門違い、というのはわかっていたし、逆恨みも八つ当たりもごめんだし。
けど、本当は・・・・?
怨んでない、それは間違いない。
でも、俺は・・・・・・。

『ま、俺は自分の言いたいこと言わないってのは大嫌いだからな。
お前のことは理解できないだけ』

誰かを怨みたかった。
誰かを怨めば楽になれるってことをもう既に知ってるからだ。
けど知ってるからこそ、したくなかった。

「あいつの母親はあいつを生むと同時に死に、父親も後を追うように死んだ。
大賢者の周囲の期待はシューザに向いた」
「大、賢者?」
「あぁ、説明していなかったか。この世の数多の職の内、悟り開きし者は賢者になれる。
その中で、一番偉いとされる位だ。今は私がその位に就いている」

要約すると『偉い人』だ。
つまり、ザーズさんも偉い人であり尚且つそのザーズさんの孫らしいシューザも期待されているということ。
大賢者、と言われてもその凄さがわからないからリアクションの取りようがないけど。

「大賢者の唯一の血縁者とあって、シューザも色々と周りの期待を背負わされていた。
尤も、あいつはその期待を大きく裏切って賢者以外の職を転々としているがな」

やれやれと呆れた顔でザーズさんはシューザが去った方向を見る。
けれど、その瞳に非難の色は無い。

「あいつは怨んでいた。私を、そして期待する周りを。
まぁそのせいで今の破天荒なあいつが居るわけだが」
「・・・それと俺に何の関係が」
「言ったろう。怨むと楽になる、と。あいつはそれを一番よく知っている。
シューザは自分を怨むの対象にしようとしたらしい。
まぁ、元々の性格が災いして空回りになっているがな」

そう言ってザーズさんはあの優しい微笑みで俺を見る。
本当にこの人があのシューザの血縁者なのかと疑いたくなった。
けれど『悟り開きし者』の頂点にいる人物なのだから当然かもしれない。

「・・・追いかけて、みます」

話してみよう、と思えた。
少しだけ、少しだけ話して、それから文句を言ってやろう。

「恐らく中庭の一番大きい木に登っているだろう」
「はい。・・・あ、あの」
「どうかしたか?」
「あいつは、ザーズさんは怨んでないと思います」

でなければあんなに仲良さそうに話さないだろう。
ザーズさんが何か言いたそうな顔をしていたけれど、俺はそれを見ずに部屋から出た。












 




  


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