結局俺は昨日、スープを飲んでベッドに倒れこむように入った後気絶したかのように寝入ってしまった。
目を覚ますと窓の外から声が聞こえた。
何かと思って窓に近づき、開ける。
あれ?昨日確か窓開けっ放しだった筈・・・。
そういえば、あいつ・・・シューザとかいう奴が夕飯を届けるって言ってたっけ。
わざわざ運んで来たのに寝てたんだ。悪いことしたな。
そう思いながら見ると外では鎧を着込んだ男たちが木刀で喧嘩をしていた。
喧嘩?違う、手合わせみたいなもの。
剣道とはまた違う、一対一のやりあい。



・・・一晩経っても、この悪夢は覚めないらしい。
その男たち以外何一つ変わらぬ景色に、俺はため息を吐いた。



「幸せが逃げるぞ、勇者殿」
「うほわぁあああ!?」

変な声を出して俺は左横にズザァァッと下がった。
昨日会ったお爺さんが、そこに居た。
けど、ドアが開いた音なんて全然聞こえなかったし第一真横に来るまで気づかないもんか?

「そこまで驚かなくてもいいだろう」
「だっていつの間に・・・!?」
「今の間に」
「いやそうじゃなくて!!」

何なんだこのお爺さんは・・・!
まったく来たことに気づかなかった。話しかけられるまで存在にすら気づかなかった。
俺の何がおもしろかったのか、忍者もビックリなそのお爺さんは少しだけ笑った。

「・・・何がそんなに面白いんですか」
「いや、シューザ以外の人間とのこういうやり取りは久しかったからな」

それはどういう意味だろう。
シューザ、と言うと昨日のスープを届けてくれた人だ。
あ、お礼言わないといけない。

「私はザーズと言う。勇者殿」
「あの、その『勇者殿』ってのやめてもらえませんか」

昨日みたいに腰を落として、目線を合わせてぶっきらぼうに言う。
実際実感はわかないわ、ここがどういう所だか未だにわかっていないわで俺の頭は大変だ。
勉強をまったくしていない時のテストだってここまで悩まなかっただろう。
ザーズさんは少々目を開くが、またあの優しい微笑みで笑った。

「しかし私は貴殿の名前を知らない」
「あ・・・。飛鳥、です」
「アスカ殿か。ジパング風の名前のようだ」
「ジパング!?」

それはあれか、マルコ・ポーロか!?
となるとここは昔の世界で、俺は過去にタイムスリップでもしたのか!?
だが同じ地球、ということで俺の期待は膨れるが、次の瞬間砕け散る。

「・・・言語の説明つかねぇよなあぁぁ」
「・・・・何を悩んでいるのかはわからぬが、アスカ殿はジパングをご存知だと?」
「あー、知ってるけど多分まったく別のものだと思いますから気にしないでください。
それより、ザーズさんは・・・今何語を喋ってますか?」

だんだんとここが『異世界』だと言うことに慣れ始めている俺がいる。
多分、ゲームや漫画なんかでこういう展開を数多く見てるからだと思う。
これが所謂ゲーム脳ってやつか。
現代っ子はこれだからなーとか少し思ってみる。

「ルビス語だが」
「全然普通に通じてるんですけど」
「勇者の力ではないのかと思うのだが」
「・・・うん、結構アバウトですよねそれ」
「あば・・・うと?」

英語通じてねぇえ!
昨日よりかは幾分か前向きになった心で盛大にツッコミを入れる。
言葉に出したら『英語』の意味を聞かれそうだから言わなかったけど。

「大雑把って意味ですよ」
「そうか。・・・しかし、元気に振舞えるようになったようだな」

気づかれてる。
元気になった、とは言わず振舞えるようになったとザーズさんは言った。
亀の甲より年の功。
国語の時間何気なく聞いていたことわざをまさか体験する羽目になろうとは。

「さて、もうすぐ昼食の時間だな。パンは少々固いかもしれんが他は絶品揃いだ。
シューザに届けさせるから、食べ終わったら私の部屋に来るといい。色々知りたいことも多いだろう」

優しい微笑みに、少しだけ茶目っ気を混ぜてザーズさんは部屋から出て行った。
何だか全てを見透かされているような気がする。
ザーズさんが出て行ったドアを少し眺めた後、一息ついて立ち上がる。
することも無いから再び窓の外を見ると、男たちは既に居なくなっていた。
あぁ、そうか昼時なんだっけ。





「おいアスカ」
「おぉおおぉぉおう!?」


ザーズさんの時と大して変わらない反応で俺は後ろを振り返った。
そこにはトレイ片手の、昨日とさして変わらない格好のシューザ。
片手にトレイ、もう片手は耳を塞いでいる。
何で気づかないんだ俺!!

「飯だ」
「あ、ありがとう・・・」

トレイにはパンとポトフのようなものがのっていた。
俺は椅子に座り、シューザはベッドに腰掛ける。
それから暫くどちらも喋らず、ただ沈黙の中俺の食事の音だけが寂しく響いた。

「あ、あの・・・」
「んぁ?」
「昨日スープありがとう。それと、ごめん」
「何が」
「いや、多分晩御飯運んでくれたのに俺寝てたから」

これだけは、先に謝っておこうと思った。
まだ情報を詰め込まれる前に、働ける頭でそれだけやっておこうと。
するとシューザは驚いたように数回瞬きした後、盛大に噴出した。
なんか、どことなくザーズさんと似てる気がする。

「わ、笑うな!っていうか今の何処にそんな笑える要素があったんだ!?」
「いや、悪ぃ。真面目な顔で謝ってくるもんだから、つい」
「謝る時真面目以外のどんな顔があるんだよ!!」

どうやらツボにはまったらしい。
俺だったら全然笑えないことにシューザは大爆笑し始めた。
自分のことで笑われていると思うと何だか情けなくなってくるから、黙ってポトフ(みたいなの)を口にする。
暫く経った後、やっと笑いがやんだ。

「はー笑った笑った。久しぶりだなこんなの」
「・・・ザーズさんも似たようなこと言ってた」
「げ。ジジィと同類か」

パンを齧りながら頷いた。
・・・言われたとおりパンは少し固い。
まぁフランスパンと思って食べればそこまで嫌でもないけど。



「怨んでねぇわけ?お前」



唐突に切り出された話題に、思わず「は?」と言い返しそうになる。
けどさっきの笑い顔とは対照的な真面目な顔に、言葉を選ぼうと考え直した。
怨む・・・というのはシューザたちのことだろう。

「・・・別に、あんたたちが俺を呼んだわけじゃないんだろ」
「まぁな」
「なら、あんたたちを怨んだって八つ当たりだ」

本当は誰かを怨みたい。
けど多分、誰かを怨んだってどうにもならない。
パンをよく噛んで飲み込む。
よく噛んだはずなのに、喉に詰まるような感覚がした。

「・・・いい子ちゃんだねぇ。ヒューッ、優等生ー」
「嫌味か、それ」
「ま、俺は自分の言いたいこと言わないってのは大嫌いだからな。
お前のことは理解できないだけ。
さて、食い終わったらジジィのトコ行くぞ」

こいつのことはよくわからない、と思った。
最初はいい奴だと思った。
スープ届けてくれるわ何だかんだで色々世話になったわで。
けど、今の言葉は誰だってカチンと来るものがあるだろ。

「・・・何だよ、それ」
「言葉のまま」
「っ。お前に―――」

お前に俺の何がわかるんだよ。
そう面と向かって言いたかった。
お前は異世界に行ったことがあるのか。
周りは誰も知らない、自分が何処に居るのかもわからない状況に陥ったことがあるのか。


『・・・悪かったとは、思ってる。本当は俺たちだけで解決すべきことだってのも、わかってる。
言い逃れはしないし、罵声だって何だって浴びてやる』


そう言ったことを実行するかのように、シューザは俺の目を見つめて逸らさない。
多分、俺の言うことを聞いてくれる。
昨日言ったことが本当なら、八つ当たりだって何だって聞いてくれると思う。
罵って、叫べば多分スッキリする。




けど、それをやったところで何もならない。




「・・・ごちそうさま。早くザーズさんのところに行こう」
「・・・・はいはいっと」

先に部屋から出たシューザが、小さくため息を吐いた気がした。
呆れたようなそれに、俺は少し俯く。
けれどシューザは何も言わず歩き出したから、俺も後を追った。











 




  


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