きっかけは・・・単純だった。 明日は俺の誕生日であり強豪チームとの試合。 サッカー部でミーティングをして、監督の話があったあと解散。 友達や後輩と軽口叩きながら帰って、家の扉を開く。 ―――まさかそこで穴に落ちるなんて絶対誰も想像してないだろ? 「―――し。もーしもーし。おい、聞いてるか?つか起きやがれ」 あー人の声だなぁなんて思ってたら頭を叩かれた。 おまけに頬を痛いくらい抓られるものだから慌てて起きる。 見ると俺の近くには、男の俺でさえ認める美形が覗き込んでいた。 けど金髪の癖ッ毛に緑色・・・えーと、そう、エメラルドみたいな感じの色の瞳。 いやいやいやありえねーだろ。 何であんた俺の家にいるんだよ。 あれ?っつかここ俺の家? なんか見晴らしがいい場所のような・・・っていうか美しき大自然が先に広がっているような!? 「起きたな」 「ふぁ・・・ふぁい」 睨み付けるようにして言われたから思わず返事をしてしまう。 美形の男の人はよし、と小さく呟いて俺を無理矢理立ち上がらせた。 引っ張られるままに俺は立ち上がる。 何が何だかまったくをもってわからない。 こいつが誰で俺が何処に居るのか。 ただわかるのはここが決して家ではないこと。 「混乱してるって顔だな。ま、しょうがないか」 「あの、えっと・・・」 「無駄話は後だ。それよりまずダーマまで戻るぞ」 いや決して無駄話じゃないと思うんですが!? 俺がそういう前に男の人が何かを言った。 小さな呟きでよく聞こえなかったけど、それを考える前に妙な浮遊感に襲われる。 それから急に引っ張られるような感覚。 体全部を持っていかれるようなその感覚は、一言で言えば気持ち悪い。 けどそれは一瞬で、目を開けたらなんとそこには門があった。 「は・・・・・・はぁぁぁああ!?」 「すげーだろ。ここがダーマだ」 いや凄いとかそういう次元のものではなくて!! 何も言えずにただ口をパクパクしていると、俺の服(ウィンドブレーカー)を引っ張って男の人は開かれた門を普通に通った。 門の前に立っていた人は驚いて頭を下げてきたから条件反射で下げ返す。 中に入ると、周りに人、人、人・・・・。 「連れて帰ったぞ。これが『第三の勇者』だ」 それを聞くや否や大歓声が巻き起こる。 振動を感じるくらいの大熱狂に俺は思わず耳を塞いだ。 勇者様万歳と所々から聞こえてきて、何が何だかまったくわからない。 あぁもう誰か説明しろよ!? 「通せ。ジジィの所に連れて行く」 「いや、ちょ、だから説明・・・!」 「ジジィが説明してやるって言ってんだろうが!」 「いや一言も言ってねぇよ!?」 それどころかジジィという単語だってさっき出たばかりだし説明なんていう単語はこれが初めてだ。 一体なんなんだ・・・俺の周りで一体何が起こってるんだ!? 試合で鍛えられた精神力でまだ耐えてはいるけれど今すぐに暴れてでも説明を受けたい。 ここは何処なんだ、お前は誰だ、一体何が起こってるんだ。 悪い夢なら早く覚めろ!! 俺の願い虚しく、悪夢は覚めることなく続いていた。 美形の男の人に引っ張りまわされ迷路のような通路を左へ右へ・・・。 そして大きな扉の前へ。 「おいジジィ入るぞ!」 何をするかと思えばそのまま扉を蹴破る。 ガンッと音を立てて扉は奥に開いた。 俺としてはそれで扉が壊れなかったのが心底不思議だ。 奥には大きな机があり、その奥に白髪のお爺さんが見える。 「シューザ・・・お前もうちょっと加減を覚えたらどうだ」 「なら全自動のドアにしろや」 「お前はいつもいつも・・・」 「あ、あの・・・!」 待ってばかりでは話が始まらない気がして、俺は自分から話しかけることにした。 そこで俺という存在を思い出したのかどうかはわからないけど、男の人は俺の服から手を離す。 お爺さんは俺を見ると目を細めて近づいてきた。 椅子から降りて初めてわかったけど、このお爺さんは極端に背が低い。 俺の腰あるかないかぐらいの背丈だ。 それで俺の近くまでくると当然俺が見下ろしてあっちが見上げることになるわけで。 「少し腰を落とせ」 「あ、は、はい」 さっき扉を蹴破って入った時の声とはまるで別人のような優しい声。 腰を落として目線が丁度合うくらいまで下げると、お爺さんは何かを考え込むように俺を見つめた。 俺も俺で眼を離すことができなく、そのまま沈黙が続く。 どれくらいそうしていたか。 俺の中では結構時間が経っただろう時にまたお爺さんは目を細めて優しく微笑んだ。 「ふむ、間違いないな。勇者の瞳だ」 「つーことは当たりか」 「いい加減説明してください!」 いきなり叫んだ俺に少しも驚かず、お爺さんは微笑を崩さない。 だがその微笑に、悲しみが篭っている気がした。 そして、気のせいでなければ同情も混ざっている気がした。 俺の、嫌いな目だ。 「本当は、私たちだけで解決できれば一番良かったのだけれどな」 「だから、何を・・・」 「貴殿は、勇者だ。世界に居る二人の勇者に続く『第三の勇者』」 何を、言っているんだこの人は・・・。 「魔王と呼ばれる悪意の塊が今世界を支配せんと暗躍している。 その魔王を倒す存在・・・それが勇者。 しかし神は勇者二人では不十分と判断されたらしい。 吉と出るか凶と出るか、三人目が異世界より呼ばれた。 それが・・・貴殿だ」 何処のRPGだよ・・・それ・・・。 「つまり、この世界を救うにはお前と二人の勇者が頑張らなきゃどうにもならねぇってこった」 頼むから・・・悪夢なら、覚めてくれ・・・・・・。 一気に詰め込むのは無理だろう、と俺は部屋を一部屋与えられた。 ゆっくり休んで、よく考えろとのこと。 でもゆっくり休んで考えて・・・それで納得できることじゃあない。 勇者?何だよそれ。 この世界がどうとか、そんなの知らない。 俺は家に帰ったんだよ。あの時、ちゃんと家に帰ったんだ。 明日誕生日だった・・・試合だったのに。 「・・・・ありかよ、こんなの」 ずっと肩に掛けていたスポーツバックを床に置いて、窓に近づき、開ける。 夜が近づいてきているのか、辺りは薄暗かった。 それでもはっきりとわかる、門の外のたくさんの自然。 日本には・・・こんなの、なかった。 いくら木を植えていると言っても、こんなに緑はなかった。 田舎に行ったとしても電線の一本も通っている筈なのにそれはない。 無性に、泣きたくなった。 「―――・・・っ!」 ここは何処なんだ。 何度も心の中で思ったことをまた繰り返す。 ありえない、こんなのありえないんだ。 夢だと、そう思いたい。 起きたら布団の中で、試合で・・・誕生日で・・・。 頬を吹き抜けていく風が冷たい。 握り締めた拳は爪が刺さって痛い。 それでも夕日が暖かいし、俺の住んでいる所には感じられなかった緑の匂いがする。 俺 は、いった い ・・ ・ コンコン、というノックの音でハッと顔を上げる。 慌てて涙で滲んだ目を擦った。 「おい、入るぞ」 入ってきたのは俺をここにつれてきた張本人だった。 俺の顔を見て一瞬だけ目を細めるけど、また表情を元に戻す。 手にはトレイを持っていて、その上には皿がのっている。 そいつはトレイを簡易な机の上に置いた。 「腹、減ってるだろ。後で夕飯があるけど先に何か食っとけ。あ、これスープな」 「・・・・・」 「返事ぐらいしろよ。ったく、俺としては可愛い女の子がよかったんだけどな」 冗談なのか、本気なのかわからなかった。 けれどそれを『言った』という事実は本物で。 「好きで来たわけじゃない!!」 カッとなって、思わず叫んでしまった。 するとそいつは居心地悪そうに頬を掻くと、黙って俺の近くまで寄ってきた。 手が上げられ、殴られると思って身を竦めて歯を食いしばるが、予想していた衝撃はこない。 その手は何故か俺の頭にのせられていた。 「・・・悪かったとは、思ってる。本当は俺たちだけで解決すべきことだってのも、わかってる。 言い逃れはしないし、罵声だって何だって浴びてやる」 言ったそいつの顔は何処か泣きそうで。 何なんだよ・・・それ・・・・。 まるで俺が悪いことをしたみたいだ。 俺は、ただ元に戻りたいだけなのに。 「・・・スープ、ちゃんと食えよ。夕飯も部屋に持ってくるから、ここに居ろ」 黙り込んだ俺にそう言って、そいつは部屋を出ようとドアノブに手をかける。 しかしそこで思いとどまり、もう一度振り返った。 「俺はシューザだ。お前は?」 「・・・飛鳥。燈峅 飛鳥」 「変な名前だな。まぁいいや、アスカ。ちゃんと体休めとけよ」 今度こそ、そいつ・・・シューザは部屋を出た。 出て行った途端妙な脱力感が体中を襲い、膝をつく。 それが恐怖から来たのか何だったのか、わからなかった。 「お前も、とことん損な役柄をするな」 「ジジィ・・・聞いてやがったな」 アスカの部屋を出て、シューザは自分の部屋に戻ろうと最初の曲がり角を左に曲がる。 だがそこに老人―――ザーズが待ち受けていた所でその歩を止めた。 元々長身のシューザと小さいザーズが並ぶと大人と子供だ。 「ああ、聞いていた。しかし、本来なら怒鳴られてもおかしくはない」 「わかってる。俺もそれ覚悟で行った」 「ほう。わざわざ憎まれ役を買って出たというわけか」 ザーズ自身、本来なら自分が行こうとしていたところだ。 先客が居たからここで待っていたわけだが。 皮肉交じりの褒め言葉を、シューザは鼻で笑った。 「はっ、裏でネチネチ言われたり思われたりするより真正面から堂々と言うのが一番なんだよ」 「なんとお前らしい。・・・しかし、それも意味は無かったようだな」 「どうだか。ホントのいい子か、本音押し込めてるただの馬鹿か。どっちかだろ」 それだけ言ってシューザは部屋に戻ろうと歩き出した。 それを見送り、ザーズも自室に戻る。 暫く床に座り込んだままだったけど、だんだん空腹感が湧き上がってくる。 震えそうになる足を必死で押さえ込んで机の前の椅子に座った。 トマトスープのような色をしたそれを、スプーンですくって口の中に入れる。 毒が入っているかも・・・とか、頭では何も考えれない。 ただ、温かい味が口の中を占める。 「―――おいしい」 温かかった。本当に。 それと同時に涙まで出てきた。 いつからこんなに涙腺が弱くなったんだ、俺は。 当たり前の日常がこんなに遠いものだなんて、知らなかった。 |