世界は魔物に埋め尽くされていた。
日々争いが絶えず、中には世界に絶望する者もいる。
そんな中、唯一の希望。
オルテガ。
それはアリアハンから生まれた勇者である。
皆が彼に希望し、彼ならばこの世界を救ってくれると期待した。


だが、その期待は打ち砕かれる。
魔物との激戦の後、オルテガは火山へと落ちることになる。
そのことがいち早く伝えられたアリアハンの王城、謁見の間では絶望が広がっていた。
妻、ティーンは声を押し殺して泣き、オルテガの父、ジルダは涙を堪えていた。

「そうか・・・オルテガでさえ」

兵の一人が持ってきたその情報は、誰をも気落ちした。
王はぐったりと椅子に寄りかかる。
その場に居合わせた他の者も、ただ絶望だけが体を支配していた。
その中で、どういう状況か分かっていない―しかもこの場に似合わない―二人の子供のうち、一人が王へと近づいた。

「おーさま?どーしたの?どこかいたいの?おなかへったの?」

まだ幼いその顔には、本当に心配の表情が浮かんでいる。
王にはそれすら辛かった。
今目の前にいるのはオルテガの子の片割れ。
父が死んだことすら知らず、ただ絶望に沈んでいる王を元気付けようと、一人の子は健気に頑張る。

「なんでないてるの?やっぱりどこかいたいの?」

言われて初めて、王は自分が泣いていることに気づいた。
ただ『勇者オルテガ』が死んだことでは泣かないだろう。
友人の『オルテガ』という人物が死んだから泣いているのだ。

「ミレーナ・・・」

ティーンは辛そうに、子の名前を呼ぶ。
ミレーナはその呼びかけには答えず、ただ王に話しかけていた。
もう一人の子は何もせず、ただミレーナを見ていた。

「あのね、おーさま。あたしね、ホイミつかえるようになったんだよ。いたいトコいって。なおすから」

この少女は、何故王が泣いているのか気づいていない。
ただ全員が沈黙して、ミレーナを見ていた。
召使いの一人が溜まらず泣き出す。
その悲しみはだんだんと皆に伝わった。

「・・・どうしてみんなないてるの?みんないたいの?」
「ミレーナ・・・これは痛いから泣いているのではない」
「じゃあどうして?」

まだ六つにも行っていない子供は、自分のわからないことに首を傾げる。
その少女に近づいていったのは、ずっと母親の近くにいたもう一人の子だった。
頭脳的には少女の方が上の筈なのに、こういう場になると周りの感情をいち早く察知するのはもう一人の子のほうだ。
そして子は、今何が起こっているのかを気づいた。

「おーさま。とーさんはもういないの?」
「クロト・・・?」
「・・・・・・そうだ」

否定する理由もなく、王は頷く。
その意味が分からず、ミレーナはまた首を傾げる。
なにが「そうだ」なのか、クロトがこれから何を言おうとしているのか。
それがわからず一層首を傾げる。
そんなミレーナにクロトは静かに話しかける。

「ゆーしゃはもういないんだ」
「クロト?なにいってるの?」
「ミレーナ、とーさんはもういない。ゆーしゃはもういない」
「とーさん、いないの?」
「そう。だから―――」


だから、ミレーナ。
おれたちがゆーしゃにならなきゃいけないんだ。



幼い子供の言った言葉なのに、妙によく通った。
ティーンとジルダは顔を上げる。
たった今大切な人を亡くした知らせを聞いた二人にとって、クロトの宣言は酷だった。

「ゆーしゃ・・・って?」
「みんなをたすけること。みんなをえがおにすること。みんなをまもること」
「それがゆーしゃ?」
「うん」
「・・・それになればかーさんや、おじーちゃんや、おーさまたちもかなしまないの?」
「うん。そうだよ」

ティーンはまた別の意味で泣きたくなった。
大切な者を失う恐怖より、彼女たちが『自分たちのために』勇者になると言ったその現実が。
ジルダがそっと肩を叩く。
そんな二人を知らず、ミレーナは自分より少し背の低いクロトの手を取る。
背の高さや髪の長さ意外全て同じ。
双子だと、喋らなくても意思は通じるのかもしれない。
現に、わかったかのようにミレーナは笑顔になった。

「ならなるっ。クロトといっしょにゆーしゃに」
「ミレーナ・・・っ、クロト・・・!」
「かーさん、なかないで。おれたちはだいじょうぶ」
「うんっ。あたしたちはゆーしゃになる。だから、なかないで?」


そういうことじゃない。
そういうことじゃないのに・・・っ。


その叫びは言葉になることなく、嗚咽へと代わる。












まだ六つにもなっていない双子の宣言は、オルテガの死、という情報と共に世界に伝えられた。



















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