人間は、名を『グラン』と名乗った。
本当に人間らしい名前だったけれど、とても素敵な名前だと思った。
長くて覚えづらい私たちより、とても良い。
人目につかないように村を抜け、辿り着くのは家。

「あ、アンさん。こんにちは」

ノックすると出てきたのは人懐こい笑みを浮かべた人間。
姉妹のうちの妹の方の名前はシエラと言った。
グランと同じで、種族の違いなんて全く気にしない。

「ごめんなさい、お兄ちゃんったらまだ寝てる」
「別にいいわ。約束も無しに押しかけてきたのだから」
「・・・こんにちは」

奥から出てきたのは姉妹の姉の方、サフィ。
表情がコロコロと変わるシエラと違い、こっちはあまり変わらない。
どちらかと言えば無表情の方が多く、喋り方もとても丁寧。
人間って、やっぱりエルフと同じように色々な人が居る。
違いがないことがとても嬉しく感じた。

「お姉ちゃん、悪いけどお兄ちゃん起こしてくれない?」
「・・・私が?」
「お姉ちゃんが起こすのが一番手っ取り早いの!」
「・・・・・」

しかめっ面で、眉間に皺を寄せた後、仕方ないと言いたげにサフィはまた奥に行った。
その後聞こえてくるのはグランの絶叫。
目を見開く私に、シエラは明るく笑った。

「凄いでしょ」
「どうかしたの?物凄い声がしたようだけど・・・」
「お兄ちゃん、金属を引っ掻く音大ッ嫌いなの。
それでお姉ちゃんは、フライパンであの音出すの、上手っ」

多分、耳元でそれをやられたのだろう。
随分と目覚めの悪い朝になってようね、と同情を覚える。
けれど、集落にはない朝を楽しんでいる私が居た。





カンッ、という音が辺りに響き渡る。
手馴れた動作でグランは薪を真っ二つにしていっていた。
私はそれを少し離れた所で見ながら彼の話を聞いている。

「まったく、あれはないよなー。毎度思うけど」
「ふふ、まだ言ってる」
「だってしょうがないだろっ。あの音だけは大ッ嫌いなんだから」

子供のようにあれはない、と繰り返すグランに自然と笑いが零れる。
そんな私を見てグランは気恥ずかしそうに頭を掻いた後、斧を振り上げ、振り下ろした。
山のように積み重ねられたそこに、また新たに薪が加わる。

「さて、そろそろいいかな」
「グラン。貴方、何歳?」
「俺?俺は今年で十七だけど」
「そう。ありがとう」

十七・・・当然のことだけれど、私より大分年下になる。
外見はそう変わらないのに、生きている時間はこんなにも違う。
それでも輝く彼が、とてつもなく羨ましく見えた。

「アンは?」
「・・・聞きたい?」
「え、いや、えっと、そのー・・・・・やっぱ、いい」
「そう?」
「うん」

ならいいけど、と私は視線を横に逸らすと、とんでもないものを見た。
私と同じ髪の色の、少し背が伸びたと言ってもまだ私より少し小さい・・・。
多分私は長年生きた中で一番驚いた瞬間だと思う。

「ファル・・・なの?」
「姉様、やっぱり・・・ここに居た」




息を荒くして、恐らく耳を隠すためにフードを被った少年は、確かに私の弟だった。